総裁選について聞かれますが、全てが出揃っていないため、判断や発信は控えております。本日は、連休中日。昔作った文章が読みにくかったので、生成AIに読みやすい文章に変えてもらった。指示文はご想像にお任せします。ちなみに、この文章は今年の3月に作った文章です。
昔はさ、戦前とか戦後の時代って、情報ゲットするのって新聞とかラジオしかなかったのよ。
「ラジオで言ってること=事実!」みたいなノリで、みんなそのまま信じてたんだよね。
で、高度経済成長のときにテレビが出てきて、動いてる映像で「わ〜社会ってこんな感じなんだ!」ってもっとわかるようになったの。
でもその分「テレビが言ってるから正しいっしょ?」みたいに、世論が一気に流されるヤバさもあったわけ。
2000年代入ってインターネットが広がって、世界中の情報が秒速で取れるようになったのマジで革命!
パソコンはもちろん、ケータイでも調べ物できるようになってさ、もう情報は一部の人だけのモノじゃなくなったの。
でもね〜、情報多すぎて「え、どれ信じればいいの?」って混乱MAXにもなったんだよね。
でさ、今はAIに聞けば一瞬で答えっぽいの返ってくる時代。めっちゃ便利じゃん?
でも人間って「シンプルな答えちょうだい!」って欲しがるクセあるのよ。
しかも義務教育のときから「正解は一つ!」って教えられてるから、気づいたら答え待ち人間になっちゃってんの。
でもさ、人生の選択って正解ないの多すぎじゃん。
進学、就職、転職、住むとこ、買い物、投票、ワクチン打つ打たない…どれも「コレが絶対正しい!」なんてないんよ。
で、めっちゃ調べるとさ、情報増えすぎて逆に疲れて「も〜無理」ってなる。
結局「〇〇ランキング」とか口コミ見て、他の人が決めたやつ真似しちゃう。
人生の時間って有限だから、手っ取り早く決めたいのはわかるんだけどね。
でもその「手っ取り早さ」欲しさに、社会で安易なレッテル貼りがめっちゃ流行っちゃうの。
「あの人はこう」「この政党は悪い」「あの国は危険」みたいに一言で片づけちゃう。
楽ちんだけどさ、それって真実見えなくなるし、分断めっちゃ深める危険性あるんよ。
前に豆まきの鬼の話したけど、あれもそうじゃん。
鬼って本当は色んな意味あったのに「悪者!」って決めつけて追い出すの、めっちゃ単純化して不安から逃げてるだけ。
現代のレッテル貼りと同じ構造じゃね?って思うの。
だからね、私自身も「複雑であること」を楽しめる余裕ほしいな〜って思うの。
正解が一個に定まらない現実を受け入れて、そこで考え続ける。
情報とか誰かの意見をそのまま「答え」として消費するんじゃなくて、ちゃんと自分のアタマでジャッジする。
結局それが、安易なレッテル貼りとか分断に抗う唯一の方法なんじゃないかなって思うんだよね。
ガダラの豚は新しい宗教にハマる人がいる話。2回も買ってるのに、手元に本がない謎。徹底的な否定の後に救われるためにすがるものが出てくるんだ。
価値観もそう。
夢のマイホーム、一家一台もそう。1人一台なんてのも、今の時代そうかもしれない。自分で決めたようで、周りの影響なんだな。
運動してきます。